田中洸平の全て。 第11回 / 全17回
代表の今野との出会い 仲間になるまで
代表の今野とは、社会人になってから野球をきっかけに知り合いました。学校は違いますが、同い年で、数年来の付き合いがあります。今日学に関わる前は、彼の事業資料を見て、人事の立場から意見を伝える相談相手でした。話を重ねるうちに、学生のキャリアや就職の仕組みを変えたいという思いに、自分も一緒に取り組みたくなりました。
僕がこれからの人生を懸けて挑むのは、体育会学生のキャリア教育・支援です。安定した環境を手放してまで、この事業に関わる決断をしたのには、理由があります。
「競技を一生懸命やっていれば明るい未来が見える」。僕には、それだけでは足りないという実感があります。僕自身も、多くの体育会の仲間たちも、引退後に「自分には競技以外に何もないのではないか」という、無知への恐怖を感じ、就職活動で苦労しました。
学生時代は自分なりに就職活動を頑張ったつもりでした。それでも、今振り返ると、知っている世界や選択肢は狭かったと感じます。業界も職種も、自分の適性も分からない。自己分析が十分にできていないまま、人生に関わる重大な選択をする。その難しさを、自分も経験してきました。
採用する側も経験した僕が、強い違和感を抱いてきたのは、学生が就職エージェントに言いくるめられ、単なる「商品」のように扱われてしまう状況です。学生本人が何を望んでいるかよりも、目の前の数字や実績が優先される。それでは、自らの意思で人生を切り拓くことにつながりません。
指導者には「目の前の勝利」、大学のキャリアセンターには「就職率」、就職エージェントには「紹介料」。それぞれに追う数字があります。その中で、学生自身が学び、考え、選べる環境を、僕たちはつくりたいと思いました。
現役のときに、もっと大人に会うべきだった。他大学の学生と交流し、広い視野で学び続けられる環境が欲しかった。当時、僕たち自身が欲しくてやまなかった場所を、自分たちの手でつくり出そう。代表の今野との話を重ねる中で、その思いが、自分も実行する立場へ移る決断につながりました。